「直接移転取引」の一形態である「第三者のためにする契約方式」は、甲乙間の契約及び乙丙間の契約の2つの契約が互いに密接に関連することによって成立する取引形態ですが、ここではその甲乙間の契約について説明します。
第三者のためにする契約については、以下の民法上の規定あるいは解釈があります。ここでは、第三者のためにする契約を利用した直接移転取引ではなく、第三者のためにする契約に関するものについてのみ触れます。
※【民法第537条から539条】
※【大正7・11・5大審院判決】
第三者のためにする契約は、あくまでも甲と乙の間でなされるものであり、第三者たる丙は、この契約の当事者にはなりません。
前記第三者のためにする契約を利用して直接移転取引を行うには、第三者のためにする契約を甲乙間の契約(売買契約)に応用することになります。
第三者のためにする契約(特約)を付加した甲乙間の売買契約により、甲から丙へ直接所有権を移転する場合の甲・乙間の契約行程は、以下の通りとなります。(乙が丙を指定する乙丙間契約については後述します。)
②~④の行為が、同時に行われる場合もあれば、②の乙が丙を指定する前に④の乙から甲への売買代金の支払いがなされることも少なくないと考えられます。
後者の場合においても、②の乙が丙を指定すること及び③の丙が甲に対して受益の意思を表示するという条件が成就されていないので、所有権は甲に留保されています。
丙は、甲乙間契約における当事者ではなく、甲丙間で代金の授受はなされません。
甲乙間における第三者のためにする契約を前提として、乙が丙を指定する背景には、実態上何らかの関係あるいは契約があり、それを対価関係といいます。
これに対して甲乙間の関係を補償関係といい、甲は諾約者、乙は要約者、丙は受益者と呼ばれます。乙丙間の契約をどう捉えるかは、色々の問題点がありますが、(1)理論上の問題、(2)宅建業法上の問題について触れることとします。
乙丙間の関係(乙が丙を指定する契約関係)を「他人物売買契約」と捉えるか、「無名契約」と捉えるかの問題があります。
乙丙間で売買契約を締結した場合、所有権は甲に留保されていますから乙は他人の所有物を売買することになり、民法の規定からは乙は甲から所有権を取得した後、丙に対して所有権を移転する義務を負うことになりますので、甲→乙→丙と所有権が順次移転する(物権変動が2つある)ことになり、甲から丙へ直接所有権は移転しないことになります。
※【民法第560条】
※【登記研究609号209頁】
ただし、民法第560条の解釈には、乙丙間で甲所有物について他人物売買契約をしても、甲から丙へ直接所有権を移転させることが可能であるとするものがあります。
※【注釈民法旧版(14)132頁】「必ずしも売主が一旦他人から権利を取得してこれを買主に移転する必要はない。或は売主が権利者より処分権能を取得して買主に権利を譲渡し、或は権利者たる他人と契約して其の者より直接に買主に権利を移転せしめることを妨げない」
乙丙間の契約を、他人物売買契約ととらえる見解のほかに、契約のタイトルに関わらず無名契約として捉えるという見解があります。
※【登記研究691号213頁「カウンター相談」】
「本来、乙丙間では、他人物売買というよりも、乙が先に締結した甲乙間の第三者のためにする契約を前提として、乙が丙からの金銭受領と引き替えに丙を甲乙間の契約の受益者として指定する義務を丙に対し負担する債権契約とでも言うべきものが締結されるのが通常であって・・」
※【登記研究708号148頁「平成19年1月12日法務省民2第52号民事第2課長通知・解説―法務省民事局付(当時)松田敦子」】
【登記研究710号96頁「上記修正」】
「・・・乙丙間の契約が、例えば「他人物売買契約」との表題が付された契約書で締結されていたとしても、その実質は、甲乙間で締結された第三者のためにする契約の「第三者」を指定するために締結された無名契約であると解するのが合理的な場合が多いと考えられ・・・」
※【19年6月22日閣議決定53頁】
「・・・甲から丙への直接移転登記が可能な場合としては、「買主の地位の譲渡」を活用する場合と「第三者のためにする契約」を活用して売主から当該第三者への直接の所有権の移転をする場合との二通りがあり、後者については乙丙間で他人物の売買契約(なお、所有権に関しては、第三者のためにする契約の効力に基づき甲から丙へ直接に移転する旨の特約が付される。)を締結する場合と、無名契約を締結する場合とがあり得る。これらのうちどれを選択するかは、最終的に乙丙間の契約当事者の判断によるところである・・・」
乙が宅建業者である場合、宅建業法により自己の所有に属しない不動産の売買契約を締結することは禁じられています。但し、所有権の名義人である甲との間で売買契約を締結している場合等当該不動産を取得できることが明らかな場合及びその他国土交通省令(宅地建物取引業法施行規則)で定めるものに該当するときは例外的に許されています。
※【宅地建物取引業法33条の2】
ア 第三者のためにする契約方式は、甲乙間で売買契約が存在するとしても、そもそも乙が所有権を取得しないことを内容としているので、宅建業法に規定する「当該不動産を取得することが明らかな場合」とはならないため、乙丙間で売買契約を締結することは宅建業法に抵触することになります。従って、宅建業法施行規則を改正することが必要であるとされました。
※【19年6月22日閣議決定53頁】
「・・・乙丙間の契約を他人物の売買契約とする場合、宅建業法第33条の2の規定に抵触することとなるが、乙が他人物の所有権の移転を実質的に支配していることが客観的に明らかである場合等、一定の類型に該当する場合にはこの規定の適用が除外されることが明確となるよう、国土交通省令等の改正を含む適切な措置を講ずる。・・・」
イ 上記を受けて、平成19年7月10日宅地建物取引業法施行規則15条の6が改正されました。これは、甲乙間において第三者のためにする契約を特約とする売買契約が締結されている場合は、乙丙間で他人物売買契約を締結しても宅建業法上問題がないとするものです。
※【改正宅地建物取引業法施行規則第15条の6第4号】
第三者のためにする契約方式においては、乙が第三者丙を指定するとの特約が付されますが、宅建業法の適用を受けるためには「他人物の所有権の移転を実質的に支配していることが客観的に明らかである場合等」という要件を満たすために、「乙は乙自らを指定することができる」旨の条項が含まれている必要があります。
第三者のためにする契約方式における他人物売買契約が宅建業法の適用を受けるという意味は、乙が宅建業者であり丙が一般消費者である場合に、一方で乙が丙との間で業として他人物売買契約締結することが許容されたことと、他方で乙に対して宅建業法上の義務が課されるということであることに留意すべきです。
甲乙間契約に基づき直接所有権を取得する者として丙を指定する内容の契約としては、「他人物売買契約」と「無名契約」の2種類が考えられることになりますが、宅地建物取引業法の適用の関係において、以下の点が指摘されています。
※【19年6月22日閣議決定53頁】
「・・・乙丙間の契約を無名契約とする場合は、乙が宅建業者であっても乙丙間の契約には宅建業法の規律が及ばず、問題を生じた際に直接的に宅建業法違反の監督処分を行いえないという法的効果の違いがある。・・・」
※【19年6月22日閣議決定54頁】【宅建業法40条等】
「・・・乙丙間の契約を無名契約とする場合は、・・・乙が宅建業者であっても宅建業法の規律を受けないこととなり、丙は消費者保護上不安定な地位にあるため、そのような契約形式による場合には、宅建業者乙に宅建業法上の重要事項説明や瑕疵担保責任の特例等の規制が及ばないことや、瑕疵担保責任については個別の合意に基づく特約によることなど、丙が自らの法的地位を十分に理解したうえで無名契約として締結することはもとより望ましいが、無名契約とする場合については、宅建業法で規律するものでない旨についても周知徹底をはかる。・・・」
※【平成19年7月10日国土交通省総合政策局不動産業課長通知】
「甲(売主等)、乙(転売者等)、丙(買主等)の三者が・・・(略)・・・乙が宅地建物取引業者で丙が一般消費者であるとき、契約形態の違いに応じ、宅地建物取引業法の適用関係について次の点に留意すること。」
「・・・(略)・・・丙は、消費者保護上不安定な地位にあることから、そのような契約形式(無名契約)による場合には、宅地建物取引業者乙に宅地建物取引業法上の重要事項説明や瑕疵担保責任の特例等の規制が及ばないことや、瑕疵担保責任については個別の合意に基づく特約によることなど、丙が自らの法的地位を十分に理解した上で行うことが前提となる。このため、丙との間の契約当事者である乙は、そのような無名契約の前提について、丙に対して十分な説明を行った上で、両当事者の意思の合致のもとで契約を締結する必要があることに留意すること。」
第三者のためにする契約方式を利用した直接移転取引において、甲乙間契約及び乙丙間契約を通した形態の要点は、以下の通りとなります。
④~⑥は通常同時に行なわれます。ただし、乙が丙を指定する前に乙から甲への売買代金の支払いがなされることも少なくないことは、前述したとおりです。
「直接移転取引」の一形態である「買主の地位譲渡契約方式」については簡単に触れるにとどめておきます。(通常の取引形態と相違が大きいため。)
第三者のためにする契約を用いた取引形態の基本構造は、以下の通りとなります。
②の譲渡契約は、甲・乙・丙三者間において締結される形態と、乙・丙間でなされた合意に対して甲が承諾を与える形態があります。乙丙間の地位譲渡には、通常対価を伴います。
日本司法書士会連合会不動産登記法改正対策部作成 「直接移転取引について」
第●条(所有権の移転)
本物件の所有権は,第●条に定める売買代金の授受と同時に,売主から買主に移転するものとする。
第●条(所有権移転登記申請)
売主は,第●条に定める売買代金の受領と引き換えに,本物件についての所有権移転登記申請手続きに必要な一切の書類を買主へ交付するものとする。
一.原契約書第●条(所有権移転の時期)の本文を以下の様に変更する。
売主は,第●条に定める残代金の支払と同時に,買主または買主が指定する者の名義にするために,本物件の所有権移転登記申請手続をしなければならない。
二.原契約書中の特約事項に以下の文章を追加する。
(所有権の移転先及び移転時期)買主は,本物件の所有権の移転先となる者(買主を含む)を指定するものとし,売主は本物件の所有権を買主の指定する者に対し,買主の指定及び売買代金全額の支払いを条件として直接移転することとします。
(所有権留保)売買代金を全額支払った後であっても,買主が買主自身を本物件の所有権の移転先に改めて書面をもって指定しない限り,買主に本物件の所有権は移転しないものとします。
(受益の意思表示の受領委託)売主は,移転先に指定された者が売主に対してする「本物件の所有権の移転を受ける旨の意思表示」の受領権限を買主に与えます。
(売主の移転債務の履行の引受)買主以外の者に本物件の所有権を移転させるときは,売主は,買主がその者に対して負う所有権の移転債務を履行するために,その者に本物件の所有権を直接移転するものとします。
(第三者の弁済)
本物件は,未だに登記名義人が所有しているので,本物件の所有権を移転する売主の義務については,売主が売買代金全額を受領したときに,その履行を引き受けた本物件の登記名義人である所有者が,買主にその所有権を直接移転する方法で履行することとします。